victoria:教皇領AAR ニーマ=イジータの回顧録 スローフード・スローライフの国、教皇領

December 20, 2005

1836年の教皇領。そこは、豊かな農産物にあふれる敬虔な信者たちの国であった。
ウンブリアで作られるワインは味が良いと評判で、ロマーニャのグラス共々周辺諸国から引く手あまたであったという。周囲を見渡してみれば、モデナ、ルッカ、トスカーナ、パルマ、サルデーニャ=ピエモンテ、両シチリア王国と国境を接するほとんどの国と防衛条約を結んでおり、列強オーストリアの圧迫は感じるものの、信者たちは皆、平和を謳歌していた。


1836年の教皇領とその周辺の状況

そんなスローフード・スローライフの国、教皇領では、皆がそのままの生活が続くことを望んでいたが、時代はそれを許さなかった。列強諸国はしきりに植民地開拓を進め、国力のない国々は次々と併合され、または衛星国化されている。
さらに悪いことに、そんな列強諸国に影響されてか、次第に周辺諸国との雲行きが怪しくなり始めたのである。

教皇様は苦悩なさっておられた。列強諸国に植民地化中止を訴えても全く聞き入れるそぶりもない。なぜこれほど世界は乱れようとするのかと。まさに従順なる信者たちの幸福を願うから故に違いない。決して自分の地位が脅かされるかもしれないなどという器の小さな悩みではなく。

そして教皇様はある決断をなされた。「今の世に足りないものは信仰である。信仰を取り戻し、異教徒・異端者共から世界を解放するのだ。さすればわが身の安泰この世の平和は続くであろう。今こそ必要なのは十字軍なのだ!」


ところが、列強諸国どころか非文明国に至るまで、ほぼ世界中が教皇様を無視していた。たまに訪れる使節といったらサルデーニャと両シチリア、トスカーナの三国だけで、この三国にしても、申し訳程度に挨拶の品を届けに来るだけだった。
教皇様の苛立ちは募っていったが、いかんせん国力のない国が何を喚いたところで嫌われるだけであった。

そこで、神の威光を広めるために、教皇様は仕方なく国力をつけようと国家改造を始めることとした。まず、赤字のままである国家予算に手をつけ、国の柱である教育と陸軍予算以外はばっさりと削減した。関税は当然のように最大限かけ国内産業を保護する一方、信者たちにも増税という負担を強いたが、信者たちはこれも神の御為と耐えてくれた。その甲斐あって、財政は何とか黒字を保てるようになった。

☆初心者の方へ

このゲームではまず赤字財政を何とかしないことには、破滅への道をひた走ることになります。そこで黒字になるよう、まず財政を調節しなければなりません。予算のない序盤では、思い切った削減が必要です。参考までに私の場合を挙げておきました。研究開発により財政も好転していきますから、教育に資金をなるべく多く振り分けたほうがいいでしょう。研究をはじめることも忘れずに。

また、教皇領のような資源に乏しい農業国では工業化に障害があります。というのも、鉄がないからです。鉄がないことには鉄道が引けない、工場が建てれない、鋼鉄も作れない、これでは工業化が他国より何年も遅れてしまいます。しかも鉄が必要なのはどこの国も同じですから、市場で調達しようにもなかなか十分量確保することは難しいと思います。ですから、まずは鉄を確保することからはじめましょう。

研究内容は陸軍の研究をまず行うこととした。これは資源確保、とりわけ鉄の確保のためには戦争が避けられないからである。教皇領の周辺で鉄の産地といえば、パルマやモデナだが、教皇様は防衛条約を破ってまで奪うことはできないとおっしゃった。教皇様の本心のほどは私のあずかり知らぬところだが、実際のところ、パルマやモデナにいきなり宣戦したところで、列強の介入にいい口実を与えるだけである。
ではどうしたものかと思案していると、おや、南のほうにちらほら鉄の産地があるではないか。


哀れな迷える子羊ちゃんたち


地中海を渡ればそこにはアルジャザールの領有するコンスタンティーヌとトレムセン、まだ誰も領有していないドラーと、鉄を産出する異教徒の地がある。まずはここを異教徒どもから解放することからはじめると決まった。
とはいうものの、教皇領には海を渡る船がない。教皇様は泳いでいけとかもう無茶苦茶..じゃなかった、焦っておられるのだろう、無理もない。各国が資源を狙ってアフリカに進出しようと躍起になっており、特にフランスはいつ侵攻を始めてもおかしくない態勢なのだ。
そこで、早速快速帆船団を輸入し輸送船団を組織することにした。

しかし、列強でない教皇領には、いかに神のご加護があろうとも快速帆船団などすぐに入ってくるはずもない。この間にも1839年末にイギリスが中国とアヘン貿易を始めるなど、あまりの海外進出組の繁栄ぶりに、教皇様はうちもアヘン貿易を始めるなどと言い出される始末で、いったい我が国のどこで阿片を栽培しているというんだ生臭坊主め、という夢を見たりもした。このような調子で教皇様があまりに急かされるので、将軍たちは輸送船団の完成を待たずに総動員を始めた。1840年6月14日に4隻からなる輸送船団の進水式を行なったとき、ローマには既に5個師団の十字軍兵士達が勢揃いし、異教徒から彼の地の信者たちを解放すべく信仰の炎を燃やしていた。

3. 第一次十字軍(アフリカ遠征)
Posted by chihiro at 10:32 pm | from category: game

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